戻る
僕の彼女 5
僕の彼女は従妹だ。
そして幼なじみでもある。
もっとも、僕の彼女になるのはまだ先の話だ。
僕がずっと片想いを続けているときから、
彼女と接する機会は不思議と多かった。
僕にとっては嬉しいことであり、勝手に運命だと思い込んでいる。
従妹で幼なじみな上に家も近いから頻繁に遊びに行くし、
彼女も遊びに来る。
家が近いから小学校も中学校も同じだった。
時には一緒に登下校もした。
高校だってクラスまで一緒になってしまって、
名簿の順に座らされた座席で彼女は僕の後ろの席にいる。
そして僕と彼女は一緒にスイミングスクールなんかに通わされていた。
そのおかげで中学のときは当り前のように
彼女と一緒に水泳部に入った。
高校にも部活動というものはある。
僕の頭には始めから水泳部しかなかった。
先輩方がどんなに騒がしく勧誘活動をしようとも、
どんなに可愛い先輩に声をかけられても、
僕には関係ない。
泳ぐのだって好きだし、いまさら変わるのだって気が進まない。
そうと決まれば、クラブ集会とやらに参加しなければならない。
四月の半ば頃のある放課後に、クラブ毎に集まって何かをする日だ。
新入生はまずそれに参加して入部届けを記入するらしい。
さて、水泳部は何処で集まっているのかと、
張り出されたプリントで探してみると、
隣の三階立ての校舎で行われると書いてあった。
三階建ての校舎は二,三年生の教室がある校舎だ。
まだあまり学校に慣れていない新入生が
気安く近付けるような場所じゃない。
少なくとも僕はそう思っていた。
知らない人ばかりだし、嫌だな〜と思っていたときだった。
「直も水泳部でしょ?」
と声のした方を振り返ってみなくても
彼女だということはわかったけど、振り返った。
僕が答える前に彼女が次の言葉を発した。
「一緒に行こ」
「僕違うところに行く」
と言ってみた。
「えっ!!嘘!?」
彼女は驚いていた。
残念そうという様子は全くなく、
明らかに不安そうだった。
彼女も知らない人だらけのところに
躊躇なく飛び込んでいける性格じゃない事は知っている。
「嘘」
僕がそう言うと彼女はほっとした様子だった。
そしてすねた。
「何つまんないこと言ってるの!?早く行こ!!」
三階棟に行ってみると、思った通り二、三年と思われる
貫禄たっぷりの人がうじゃうじゃいて、威圧感たっぷりだった。
「みんな大きい人ばっかりだね」
すっかり萎縮してしまって、僕にくっつくように歩いている彼女が言った。
こんな状況だから、大きく感じられるのかもしれない。
もっとも、小柄な僕や彼女と比べると周りの人達が大きいのは明らかだ。
僕も彼女も、小学校でも中学校でも背の順で並べば、
常に熾烈な先頭争いをしてきたくらいなんだから。
水泳部が集会を行う教室には苦もなく、あっさりとたどり着けた。
しかし、その中に足を踏み入れるのは別問題だ。
中を除けば貫禄のありそうな人が何人かいた。
もちろん知らない人達ばかりだ。
その中には僕達みたいにオドオドしている新入生らしき
人影が見当たらず、思い切って入って良いものかどうかと、
教室の前で彼女と身を寄せ合い苦悩の一時を過ごしていた。
僕の感覚ではずいぶん長い間そうしていた気がするけど、
実際には数分くらいだろうか。
「ミニカップルさん、水泳部には入るの?」
と貫禄たっぷりのお姉さんが教室から出てきて声をかけてくれた。
「はい」
と答えると教室の中に招き入れられた。
「やっと新入生がきてくれた」
と言うお姉さんの言葉から察するに、
教室の中にいた数人が水泳部のメンバーの様だった。
改めて教室の中の人達をみてみると、男子二人、女子五人の
先輩と思われる人達だった。
中学校でもそうであったように、水泳部は人気がないのだろうか?
高校でも部員が少ないようだった。
こういうところでは新入生は賓客のように持てなされる。
そしてまた、入部届けに署名するまでは解放されない。
少し慣れて落ち着いて来ると、
そう言えばさっきミニカップルって言われたっけ??
なんて事が頭をよぎる。
カップル…に見えたのだろうか??
と一人でちょっとだけ幸せな気分に浸っていると、
ようやく他の新入生達が現れた。
男子は五人、女子は三人と僕が思っていたよりも多かった。
もちろん知らない人達ばかりだ。
僕も彼女も人見知りする方で、二人でくっついていると
やっぱり周りからはカップルに見えたりしたのだろうか。
今日の集会はプール掃除についての話だった。
明日と明後日にすると。
この高校でもプール掃除は水泳部の仕事になっているようだった。
と言うのも、中学の三年間水泳部がプール掃除をしてきたんだ。
だから、これも予想されたことであり、今更驚くこともなかった。
翌日の放課後。
僕と彼女は予定通りプール掃除にむかった。
肝心のプールの場所がわからなくて迷っちゃったり、
なぜだか彼女が僕のせいにしたりもしたけど、
まぁこれも青春の部活動の一ページってやつだ。
水泳部の部室がなかったり、
更衣室が他の部と共有だったりもして、
最悪の環境だったと思っていた中学のときよりも
更に悪い環境だけど、たぶんこれも青春の一ページのはずだ。
他の一年生の到着がやたらに遅かった上に、
明らかにやる気がなさそうな様子だったけど、
それでも先輩方が文句一つ言わないのは素晴らしい環境なんだろう。
全員が集まったところで、お着替えをした。
他の部と共有されている割にはずいぶん狭い更衣室だったけど、
文句を言わずに着替えた。
プール掃除は基本的に体操服だ。
水泳部だし、水に濡れるんだし、
水着で掃除をしてもよさそうなものだけれど、
さすがに四月から水着になるのはまだ早い。
ただし、ドジに覚えのある人はオプションで体操服の下に
水着を着ることができる。
これには、毎年一度は掃除中に転ぶ彼女のようなドジっ娘が該当する。
斯く言う僕も、三年間で二回はこけているから水着を履く。
プール掃除は水を抜きながら行う。
膝下くらいまで水が残っている状態で、
全員でブラシを持ってプールの底を擦りながらぐるぐる回って、
渦を作りながら水を抜く。
一冬越したプールの底は、見た目通りにぬるぬるしていて滑べりやすい。
おまけに、実はプールの底は平じゃない。
巨大な水圧から解放されたプールの底は、少し浮き上がって
ベコベコしていて平じゃない。
おかげで毎年彼女の他にも一人二人こけてしまうドジっ子が現れる。
自棄になってバシャバシャはしゃぎ回って、
他の人達にまで水をかける迷惑な人が高校生になってもいた。
初転倒をしてくれたのは予想通り彼女で、
お尻を打って痛そうにしてたり、みんなに笑われて恥しがってたり、
相変わらずなドジっ娘っぷりに自分で怒ってたりして、
可愛いな〜と思いながら僕は遠くから見つめていた。
彼女と仲良くプール掃除をするという僕の淡い期待は叶わず、
彼女は他の女の子と仲良くなって僕の遠くにいたからだ。
しかたがないから、僕も妙に絡んでくる一年男子共と
仲良くしてやることにした。
プール掃除一日目は予定通りに終わったけど、
結局彼女と仲良くお話できなかった上に、
彼女はいつのまにか僕をおいて
さっきの女の子と一緒に帰ってしまっていた。
まぁでも僕は今年転ばなかったから良しとしよう。
翌日、土曜日だというのに
朝からプール掃除があった。
いつもの様に彼女を誘って学校に行った。
どういうわけか一年女子がずいぶん少なかったけど、
昨日彼女と仲良くしてた女の子だけは来ていた。
そして一年男子共は全員来ていた。
今日もまた僕が彼女に近付けないまま終わるかに思えた。
ところが、しばらくすると用事があるとかで例の女の子が帰ってしまった。
その後も一人でまじめに壁を擦り続ける彼女に、
僕はバシャバシャ近付いた。
彼女の気を引きたくって、つい水をかけてしまうんだ。
「何するのよ!?」
と、彼女は思いっきり睨んでくれた。
相変わらず普通に声をかけられない僕だったけれど、
その後は他愛ない話をすることができた。
「この壁大きいね」
とか、
「水張ったら美奈足届かないんじゃない?」
とか。
「君達、仲良くしすぎ!もっと離れなさい!!」
と訳の解からないお叱りを三年生のお姉さん方から受けたりもしたけど、
僕の耳には届かなかった。
それが気に障ったようで取り調べを受けてしまったけど、
彼女が「ただの従弟です」と答えるとすぐに釈放された。
確かに僕達の関係はまだただの従弟だったけれど、
でも僕はちょっと傷ついてしまった。
そう言えば、僕はこの時まで先輩というものは
とても優しい存在だと思っていた。
少なくとも、今まではそうだったんだ。
でも高校の先輩というものは違うらしい。
プール掃除に使った洗剤の空き缶がある。
「後はやっておくから帰っていいよ、お疲れさま」
なんて言うのが普通の先輩だと僕は思っていた。
でも現実はというと、
「じゃあ、ごみ捨ては新入生の仕事ね。
二つあるから男子と女子に一つずつあげよう」
とほざいていた。
たかがごみを捨てるだけ、空き缶一つだし別に重くはない。
ただ、これが分別に困るゴミだったんだ。
この学校はゴミの分別にとてもうるさい。
洗剤が入っていた空き缶は、蓋と底は金属で所謂燃えないゴミ、
間の筒の部分は紙なので燃えるゴミ。
分別することなんて全く考えずに製造された事がはっきり解かるくらい、
缶は紙と金属の部分がしっかりくっついていた。
それでもこれを分解して分別しなければならないほど
ゴミにはうるさい学校なんだ。
さて、どうやって分別しようか…
僕は他の男子諸君と少しばかり考えた。
でもすぐに僕の聡明な頭脳が、他の愚かな豚共には
考えもつかない解決法を閃いてくれた。
おかげで難なくゴミ捨ては終わり、一年男子も解散となった。
僕も帰ろうかと思ったとき、ふと彼女のことが気になった。
一年女子で残っていたのは彼女一人だけだ。
まだいるかな?と思っても、女子更衣室の中を覗けるわけもなく、
確かめる事ができなかった。
帰ろうかどうか迷いはしたけど、しばらく待ってみることにした。
僕はなんとなくプールに隠れて更衣室の出口を見守っていた。
やっぱりもう帰ったのかな?そう思って、
僕も帰ろうと思ったとき、やっと彼女が更衣室から出てきた。
すっかり制服に着替えた彼女は、
プール前の階段に座り込み手に持った空き缶を見つめて
悩んでいるようだった。
せっかくだから僕はもうちょっと彼女の後ろ姿を
こっそり見つめていることにした。
もっと悩んでくれないと僕のありがたさが解からないはずだ。
しばらくすると、彼女はコンと空き缶を地面に置き、
携帯電話を取り出した。
ほどなく、僕は静かに振るえだした自分の携帯電話に出た。
もちろんかけてきたのは彼女だ。
「直、今どこにいるの?」
「う〜ん…どこにいると思う?」
「もう帰っちゃったの??」
「う〜ん…まだ帰ってはいないんだけど…」
なんて話をしながら、僕はそっと彼女の少し後ろに近付いた。
「じゃあどこにいるの!?」
と彼女がご機嫌を崩しそうな気配を見せた。
「近くだと思うよ」
電話を通さなくても声が直接聞こえているはずなのに、
鈍い彼女はまだ僕の存在に気づいていないようだった。
「どこにいるの!?」
彼女の声が少し大きくなった。
僕が彼女にくっつくくらい近付いて隣に座ると、やっと気づいてくれた。
「近くにいると思うよ」
と彼女の顔を見ながら電話に話しかけた。
彼女はバイバイも言ってくれずに、
パタンと携帯電話を畳んでポケットに押し込むと、
明らかにすねた口調で言った。
「何つまんないことしてるの!?」
「待っててあげたんだよ」
そう言ってニコっとしてみても彼女のほっぺは膨らんだままだ。
「これどうするの!??」
彼女が僕に空き缶を押しつけた。
僕はそれを手で押し返して言った。
「美奈ちゃん頭良いんでしょ〜?自分で考えてみれば?」
彼女は黙ってもう一度空き缶を見つめた。
「解かんない!教えて!!」
僕は黙って空き缶を受け取ると、横に倒して地面に置いた。
そして真中をクシャっと踏み付けると、
ポンッと蓋と底が飛び出して外れた。
「簡単でしょ?」
心なしか、彼女は悔しそうな顔で僕を睨んでいた気がする。
それから、ゴミを捨てて彼女と仲良く帰ることができた。
これから仲良く彼女と部活を楽しめるのかな、
と思うと少し嬉しくなると共に、
これからの高校生活が楽しみになってきた。
そう言えば、もうすぐ彼女の水着姿が見れるのか…
なんて事が頭をよぎるのは男の子なんだからしかたがない。
続く
戻る