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僕の彼女 6
僕の彼女は従妹だ。
と言っても、この頃は僕が片想いしていただけだ。
そんな彼女は、両親にとても可愛がられ、
大切に育てられていた。
過保護、と言っても良いかもしれない。
そのせいか、彼女はわがままなんだ。
そして実はとても寂しがりやだ。
例え一晩とは言え、家からも両親からも離れて過ごす事を嫌がる。
それは高校生になっても変わっていなかった。
家の学校には宿泊オリエンテーションなる行事がある。
新入生がバスで琵琶湖の近くの施設に連れていかれて、
学校のしきたりなんかの話を聞かされたりするものだ。
宿泊という名の通り、わざわざ一泊する。
ついでに、余った時間でつまらないことをするという企画もある。
僕も彼女もあまり気の進まない行事だった。
「こんなことのためにこんなところまで来るなんて馬鹿げてるわ!」
と目的地に到着するなり、彼女が僕に文句を言ってくれた。
早速適当な建物に押し込まれて、長々と話を聞かされた。
そしてお昼になると、お弁当を配られてようやく解放された。
この施設内の好きな所で食べてこいって事だ。
僕は何時もの様に彼女と一緒にお昼を食べようと思った。
学校では僕のすぐ後ろの席の彼女と、
よく一緒にお昼を食べている。
だから、今日もいつもの調子で彼女を誘ったんだ。
せっかくだし、どこか静かなところで二人っきりで…
なんて思ったりしながらね。
嬉しいことに彼女も僕の申し出を拒絶しなかった。もちろん二人っきりで。
「どこで食べよっか?」
なんて彼女と仲良くのんびり相談していたときだった。
奴が現れた!僕から幸せな一時を奪おうと、
無意識のうちに企んでいやがる奴だ!
気の利かない野暮なやつ、世間ではそれを友達と呼ぶのかもしれない。
「上村、一緒にお昼食べよ」
と言いながら奴が近付いてきた。ちなみに性別はオスだ。そして上村は僕の名字だ。
「じゃあ私美穂ちゃん達と一緒に食べてくるね」
そう言うと、男嫌いな彼女は僕のもとから小走りで
逃げるようにさってしまった。
代わりに奴が小走りで近付いてきた。
「あの辺で食べよう」
と、僕は琵琶湖の上に突き出した大きな岩を指さした。
「あんなところ行けねぇよ」
と奴は言った。
そんなことは百も承知している。
しかし、困難だからこそ達成したときの喜びはひとしおだ。
その見晴らしの良いところから、
琵琶湖に向かって奴の背をポンと押してやると
すがすがしい気分に浸れるはずだ。
しかし、奴にはそんな根性もなく、その辺で適当にお弁当を食べた。
まぁ奴とお昼を食べるくらいなら、場所に拘る必要もない。
奴の話を適当に聞き流しながら、
僕はただ遠くで女の子達と楽しそうに笑っている彼女を見つめていた。
奴さえいなければ!…今頃彼女の笑顔は僕に向けられていたかもしれない…
奴の笑顔を見る度そんな想いが湧いてきた。
そして、お昼を食べ終わった後も話を聞かされた。
もう日が暮れて、いつもならとうに家に帰って
テレビでも見ながらくつろいでいる時間に、
ようやく話が終わった。
その後宿舎に移されて、夕飯を食べて、
順番にお風呂に入らされた後、
消灯までの間にやっと少し時間ができた。
と言っても、特にすることもなく、
部屋で携帯電話を見てみると彼女からメールが届いていた。
僕宛にと言うよりは、未だに正体を明かしていない
メールフレンドとしての僕宛のメールだった。
僕はメールフレンドを演じるためのメールアドレスを持っていて、
それを携帯電話に転送している。
本当の僕のメールアドレスと、メールフレンドを演じている僕の
メールアドレスを使い分けているから、
彼女に気づかれることはない。
もっとも、本当は早く打ち明けたいんだけどね。
しばらく彼女とメール交換をしていると、
今度は彼女から電話がかかってきた。
メールフレンドとしての僕は電話番号を教えていないから、
もちろん本当の僕宛にかかってきた電話だ。
「何してるの??」
なんて聞かれた後は、他愛のない話をしていた。
さっきのメールからも、今かかってきている電話からも、
彼女の寂しがっている様子がひしひしと伝わってきた。
「そう言えば、今どこにいるの?」
と僕は聞いた。
てっきり彼女は部屋にいるものだと思っていたけれど、
それにしては他の女の子の声が電話に入り込んでこない。
僕の部屋の男共は馬鹿みたいに騒いでるというのにだ。
「階段のところ」
と彼女の答えが帰ってきた。
女子の部屋のある一階と、男子の部屋のある二階、
その間の階段が頭に思い浮かんだ。
彼女と話を続けながら、僕は部屋を出て階段へ急いだ。
もちろん、彼女に気づかれないように。
そして踊り場からそっと下の方を覗いてみると、
階段に座り込んでいる彼女の後ろ姿が見えた。
「今から行くね」
そう言って電話をきった後、
さっと彼女の隣に座り込んだ。
「来たよ」
と僕が言うと、
「また、そんなことしてる〜」
と、彼女がぷぅっとほっぺを膨らませた。
やっぱり彼女は拗ねた顔も可愛い。
同じ部屋のむさい男共のそれとは次元が違う。
わざわざ部屋を抜け出して来た甲斐があるってものだ。
「なんでこんなところにいるの?」
と聞いた。
「だってみんな彼氏がどうとかって話してるんだもん」
とつまらなさそうに彼女が言った。
「彼氏??何、みんな彼氏とかいるの!?」
十五年間片想いの経験しかない僕には、
彼女と同じ部屋の女の子五人みんなに
彼氏がいるなんて信じられない話だった。
もっとも、現実にはそんなことはありえなかった。
「違うよ、彼氏がいるのは瑞穂ちゃんだけ。
でもね、瑞穂ちゃんが何だか嬉しそうに彼氏さんとメールしてたから、
みんなが『良いな〜』なんて言って、
彼氏がどうとかって話始めちゃったのよ」
と彼女はひざを抱えて俯き加減に話した。
「美奈も彼氏が欲しいの??」
なんて聞いてみた。
「違うよ、私そんなの欲しくないもん。
そうじゃなくって、
みんな直が私の彼氏だなんて勘違いしてるのよ!?」
と不満そうに答える彼女の言葉が僕のハートをサックリ切り裂いてくれた。
しかし、みんながそう誤解しても不思議ではない。
だって「美奈」、「直」と名前で呼びあって、
時には仲良くお話していたりすると、
付き合っているように見えるのかもしれない。
少なくとも、従妹同士だなんて気づく人はいないだろう。
しばらくして、僕がショックから立ち直ると、彼女は電話をしていた。
僕達の他に誰の姿もない静かな階段では、
彼女の電話の相手の声も微かに聞こえてきた。
それはとても聞き慣れた声だった。叔母ちゃんだ。
彼女が電話をしている間、僕は静かにそれを聞いていた。
たった一泊二日の学校行事だと言うのに、
必要以上に心配する叔母ちゃんの声が聞こえた。
途中で電話を代わった叔父さんだって、
叔母ちゃんほどではないにしろ少し心配そうだった。
これじゃあ彼女も寂しがりやさんになるわけだ。
しばらくして電話を切った彼女は、少し眠そうな素振りを見せた。
時計を見てみると午後十時を少しすぎていた。
もうすぐ消灯時間だ。それでも彼女は部屋に戻ろうとしなかった。
僕は、ずっとこうしていたいくらいだったから、
そんなものは気にしないことにした。
「眠いの??」
と聞いた。
「うん」
と彼女は少し小さな声で頷いた。
「もたれても良いよ」
僕は彼女の方を向いている自分の肩をぽんぽんと叩いて言った。
「何で直になんか!?」
なんて答えが返ってくるものだと僕は思っていた。
むしろ、それを期待していたのかもしれない。
でも現実は違った。
「うん」
また小さな声でそう言った彼女は、
すとっともたれかかってきた。僕の肩に頭を預けるようにして。
うつらうつらと今にも目を閉じてしまいそうな彼女をよそに、
僕の心臓は暴れだしますます目がさえてきた。
お風呂上がりの彼女の香りが僕の心をくすぐる。
実際、明らかに校則違反をしている彼女の長い髪が
僕の鼻をくすぐった。
すこし首を動かせば未だ嘗てないほどの距離に
彼女の顔があった。
うとうとと彼女が目を閉じている今なら、
この至近距離で彼女の顔をじっくりと見つめることができた。
もしこんな近くで彼女と目が合ったら、
僕はドキッとしながらも慌てて目を逸らすんだろう。
もっとも、遠く離れていたって彼女と目を合わすのは気恥ずかしい。
そしてサラサラで長い彼女の髪をこっそり指に絡めてみたりもした。
僕は幸せの絶頂だった。
この時が永遠に続けば良いなんて思っちゃったりもした。
でも、しかし、だ。
その時はそう長く続かなかった。
すぐに邪魔が入ったんだ。
大人の癖に気の利かない不粋な輩、
そう、先生だ。
階段が塞がっているなら、非常階段に回るくらいの気を利かせるのが、
普通の常識ある大人だ。
でも、その輩は構わずやって来てこう言った。
「もう消灯時間すぎてるぞ!」
そうか、そう言えばそうだった。
とは言っても、まだ午後十時三十分。
高校生が寝る時間じゃない。
いつも十時に寝ている彼女は別として。
しかたなく彼女は眠そうな足取りで部屋の方に去って行った。
お休みって言いそびれちゃった…そう思いながら、
彼女を見送った後僕も階段を昇った。
部屋に戻ったらむさい男共にいろいろと聞かれた。
「どこ行ってたん??」
とか、
「彼女と何かしてたんやろ!?」
とか。
この連中も僕と彼女の関係を誤解していた。
でも、そんなところにタイミング良くか悪くか、
彼女から電話がかかってきた。
別に大したようではなかった。
ただ、少しだけ話した後に、
さっき言いそびれたお休みを言っただけだ。
気がつけば、男共が聞き耳をたてていやがった。
翌朝。
信じられないくらい早くに起こされた。
消灯時間が早かったのも頷けるくらいだ。
「眠い」
なんて言いながらも、
そんな早朝から元気だったのは彼女くらいだろう。
いつも早寝早起きをしているだけのことはある。
そう言えば、今朝の朝食は女子の方が少し騒がしかった。
こんな朝っぱらから元気なやつは誰だ??
と思って見てみると、彼女だった。
彼女が回りの女の子にいじめられていたんだ。
きっと昨日お風呂に入ったときにでも彼女の身体を見たんだろう。
「もっと食べないからそんなに痩せてるんだって!」
そう言って、山盛りご飯を詰め込まれていた。
彼女はとてもスリムな体型をしている。
少なくとも、去年彼女の水着姿を見たときはそうだった。
きっと同性も羨むほどにだ。
でも、醜い豚共の嫉妬は彼女の可愛さを引き立てるだけだ、
なんて思うのは僕の目には彼女しか映っていないからだろう。
そして朝からまたつまらない話を聞かされたあと、
お昼に飯盒炊爨なるイベントがあった。
どういうわけか、キャンプみたいに飯盒とかかまどとかを使って
お昼ご飯を作ろうという企画だ。
こういうときに作るメニューといえば、定番のカレーしかない。
名簿の順にグループ分けされて、そのメンバーと一緒に作ることになっている。
となれば、嬉しいことに大抵彼女と一緒のグループになれる。
このイベントには、ガスコンロだとか電気炊飯器だとかの
ハイテク機器がまだなかった、昔の苦労を知れという思惑が隠されていたようだ。
そして、思惑通りみんな苦労していた。
僕のグループのかまど担当の男子共が、
火すらまともに起こせなくて。
薪に直接マッチの火を押しつけている光景を見たときは、
なんてユーモアのある連中なんだ!って思ったくらいだ。
近頃の若い連中は火もつけられないのか。
火遊びで鳴らした僕の手にかかれば、かまどでだって巨大な火柱の立ち上る
キャンプファイヤーを作るくらい造作もないことだ。
周囲からは感嘆の声が漏れる中、一人だけケチをつける子がいた。
「何やってるの!?こんなに火が強いとカレーが作れないでしょ!?」
って彼女に怒られた。
まぁ彼女がそう言うならしかたがない、僕は大人しく火を小さくした。
そして彼女の方は、僕のキャンプファイヤーなんかよりも目立っていた。
彼女はそのときカレーを作っていたんだ。
その他の無能な女子共を押し退け、一人で包丁と食材を独占してだ。
するするとニンジンとじゃがいもの皮を剥き、
トントントントンとテンポの早いリズミカルな音を立てる様は、
とても高校生の女の子のものとは思えないほどだった。
他の女子共はもちろん、きっと引率の女教師だって
彼女には敵わないだろうと思わせるほどの腕前だ。
だから他の女子が手出しをする余地もなく、
タマネギの皮剥きだけをさせられていた。
彼女がそんな調子だから、他のグループよりも遥かに早く
カレーをコトコト煮込むことができた。
そしてなぜか、カレーの作り方が他のグループとちょっと変わっていた。
きっと彼女のオリジナルなんだろう。
器用にかまどの火とお鍋で、
お肉とじゃがいもを前もって炒めていた。
もちろん、火力コントロールは僕の仕事だ。
どこかの馬鹿が強くかまどに火を吹いたせいで、
せっかくの彼女の完璧なカレーに灰が混ざったりもしたけど、
これはこれでキャンプっぽくって良いんだって,
彼女が寛大なことを言っていた。
そしてできあがったカレーは間違いなくおいしかった。
つまみ食いに来る連中が後を断たないくらいだった。
どういうわけか先生までつまみ食いにきていた。
つまり彼女が調理する様はそれくらい目立っていて、
そのカレーにも注目が集まってたって事だ。
彼女がこんなに料理が上手なのは一重に
叔母ちゃんの英才教育の賜物だろう。
料理が好きな叔母ちゃんは、
彼女にまでしっかりと料理を教え込んでいた。
普通の母親が「勉強しなさい!」
なんて言うところを、「勉強なんていいから、お料理くらいできないとだめよ」
なんて言って躾けるくらいだ。
ちなみに彼女は後片付けはしない。
彼女も料理は好きなようだけど、後片付けは別らしい。
このときになって、ようやくさっき役に立たなかった連中に
仕事らしい仕事が回った。
そう言えば、午後はウォークラリーなんてイベントまであった。
夜のうちに降った雨のおかげで、コースがところどころぬかるんでいた。
おまけに山の中のコースだから午後になっても乾かず、
更に傾斜まであってとても滑べりやすい状況だった。
そんな中、僕は転ばないように細心の注意を払って歩いていた。
それなのに!だ、後ろを歩いている彼女が何度も何度も
僕にぶつかって来る。
いくら彼女が軽いといっても、斜面を下ってきた勢いがついたまま
ぶつかられては、僕だって恐い思いをする。
ガツンと一言文句言わなきゃ!と
やっとの思いで言った文句がこうだ。
「あんまりぶつからないで」
やっぱり彼女の方から積極的にぶつかってくれるのに悪い気はしない。
それにいざ彼女の可愛い顔を見ると、
どうしても強く言えなくなってしまう…。
そして彼女はこんな答えを返してくれた。
「だって転んじゃ嫌だもん。
それに直だったらぶつかっても怒らないでしょ?」
確かに僕は怒らない、っていうか怒れない。
でも僕なら転んでも大丈夫、なんて彼女は思ってたんだろうか??
たぶん、それで転んで泥まみれになっても、
やっぱり僕は怒らないかもしれない…。
彼女が無事でよかった…とか思っちゃうんだろうか…。
それから、バスに乗ってようやく学校に戻った。
早起きをしたせいか、何時もより遠く感じる家までの道のりを、
彼女と一緒に帰ってきた。
寂しがりやな彼女は、寄り道もせず、まっすぐに家に帰って行ってしまった。
たった一泊二日で彼女と仲良くなることはできなかったけど、
僕は少しの間幸せな気分に浸ることができて、
ちょっぴり嬉しい二日間だった。
でもこんな調子じゃ、彼女との距離をもっともっともっと
近づけられるのはいつになるんだろう??
高校生の内には彼女と仲良くなれるのかな…って言うか、
そんな行動を起こす勇気が僕に湧いて来るのかな…
その頃の僕はそんな不安でいっぱいだった。
続く
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