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煩悩を滅却すれば二次元世界が見えるらしいぞ!

俺は休憩をしようと席を立ち、コーヒーを買った。
一日中オフィスに閉じこもって、汚れた空気と電磁波に囲まれていると気が滅入ってしまう。
外の空気が吸いたくなったから屋上に登った。
するとそこには大道寺さんの姿があった。
そう言えばしばらく前から姿が見えないと思ったら、
こんなところでサボっていたのか。
「大道寺さん、何してるんですか?」
力尽きて手すりに引っかかるようにしていた大道寺さんが、
首を持ち上げて俺の方を振り向いた。
その顔に生気はなかった。
それはまるでもうすぐ屋上から落っこちてしまいそうな表情だった。
「…何かあったんですか?仕事のトラブルとかですか?言ってもらえれば手伝いますよ!」
せっかく俺がそう声をかけてやったのに大道寺さんは再び地上を見下ろした。
「ダメだよ。沢村くんじゃ…無理だよ…」
その声は本当に何か悩みでも抱えている様だった。

「最近ね、物覚えが悪くなっちゃってさ〜…僕ももう年なのかなって思っちゃってね…」
「年………ですか??」
俺には大道寺さんの悩みがさっぱり理解できなかった。
俺よりも二つくらい年下の大道寺さんが、
一体何を訳の分からないことで悩んでいるんだ。
まだ25才にもなってないっていうのにだ。
「やっぱり何かミスしちゃったんですか?
納期を忘れてたとか、依頼された仕事を忘れてたとか?
でもしかたないですよ!大道寺さんの仕事の量は尋常じゃないですから!」
「いや、仕事の事じゃないんだよ。僕がそんなことで悩むはずないでしょ?」
言われてみればそうだ。大道寺さんはそんな事で悩むような人じゃない!
そんなにまじめな人じゃあない!
「最近ね、特に人の名前がなかなか覚えられなくなっちゃってね…」
「人の名前ですか…?彼女を別の女の名前で呼んじゃったとかですか??」
「何わけのわからないことを言っているんだい!?
そんなつまらないことじゃないんだよ!!」
男として、人間として異性の事で悩むのはいたって真っ当な事だと思うのだが…。
大道寺さんはそのような煩悩を滅却することで二次元世界を見据える心眼を会得したのだろう。
「…じゃあ、何なんですか??」
「声優さんの名前だよ!!昨日友達からもらったアニメの声優さん!
面白いから一気に全部見たのにね〜…
キャラに声を当てていた声優さんの名前が思い出せないんだよ!!」
「………そんなことですか??」
俺は驚いた。そして飽きれた。
まさかそんなことで死にそうな顔して悩んでいるなんて思わなかった。
って言うか、そもそも悩むような事なのか、それが。
「じゃあ帰ってからもう一度そのアニメを見たらいいじゃないですか?
だから今は仕事をしてくださいよ!」
大道寺さんが抜けると、尋常でないほどの仕事が俺に回ってきてしまう。
だから大道寺さんが抜けると困るんだ。
「ダメなんだよ!!
それがずっと気になって気になって何も手に付かないんだよ!
仕事どころじゃないんだよ!!
朝からずっと思い出そうとしてたのに全然思い出せないんだよ!!
もう疲れたんだよ!!」
一般人ならば気にも止めないような事で、
問題ということすらはばかられる用な些細な事で、
そこまで真剣に悩めるとは、さすが大道寺さんだ。
その情熱を少しばかり現実の方にも振り分けてもらいたいのだが…。
「じゃあこっそりインターネットで調べたらいいじゃないですか?
キャラクター紹介とかで声優さんの名前くらい出てくるんじゃないんですか?」
「調べたよ!朝からずっと調べてたよ!でも出てこないんだよ!!
名前もないような脇役だから出てこないんだよ!!」
俺はまたしても驚いたよ。主役級のキャラの事かと思えば、
登場時間数秒くらいの脇役の声優さんの名前の事だとは考えもしなかった。
「……いや、…別にそんなの知らなくったっていいんじゃないですか??
って言うか、普通誰もそんなところまで気にしませんよ??」
「ダメに決まってるじゃないか!!
オタクが気に入ったアニメの声優さんすら把握してないだなんて、
恥ずかしくて表も歩けないよ!!」
そうか、オタクはそんなことを恥と感じるのか…。
どちらかと言えば、アニメにそこまではまり込みすぎていることの方が
恥ずかしい気もするのだが、そう思うのは俺だけか?
って言うか、そんなことで社会生活に支障をきたす方が重大な問題だろう?
大道寺さんはむきになってひとしきりわめき散らしたあと、
再び手すりに倒れかかった。
「もう、疲れたよ……。
つくづく自分の頭の悪さが嫌になったよ……」
そんなことを、遥か遠くの地面を見つめながら言われると少しばかり不安になる。

「わかりました…。それじゃあ俺の力が必要になったら言ってください。
いつでも背中をポンと押してあげますから」
俺は大道寺さんを連れ戻すことはあきらめた。
そうか、徹夜でアニメを見つづけると廃人になるのか。
まぁ疲れきった頭に無理矢理アニメを詰め込むんだ、
これはちょっとした洗脳じゃないか。
ひょっとして大道寺さんはオタクでありつづけるために自己暗示でもかけているのか?
結局大道寺さんが戻ってきたのは夕方になってからだ。
就業のチャイムが鳴る直前に、元気よく階段をかけ降りてきやがった!
「名前が気になって仕事が手に付かないよ!!」
と言い残してさっさと帰っちまいやがった!
そして俺のところへやらなくてもいいはずだった仕事が回ってきやがるんだ!
何もかもを忘れてアニメに夢中になれれば、俺もこんな苦しみから開放されるだろうか?
    

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