戻る

空気?読めるものなら読んでみやがれ!さぁ、なんと書いてある?

体格の良いスキンヘッドのおじさんが辺りをすごむ様に睨みつけながら会議室に入ってきた。
こいつは一体どこの組の者だ!?連中は社内の揉めごとを超法規的措置で対抗する気なのか!!
そう思ってしまう程のおじさんだった。
ふんぞり返るように席についてからも一言も言葉を発しなかった。
ただ、発言している人の方をものすごい形相で睨みつけているだけだ。
俺に発言権が回ってきても思わず言葉を飲み込んでしまう程の迫力だった。
そのおじさんが相手方の部長であるとわかったのはしばらくしてからだ。
もっとも、そうとわかっても恐いものは恐い。
だって、相手方の部下だって近藤部長に睨みつけられるたびにおびえているくらいなんだ。
やっぱり恐い人なんだろうと思わずにいられなかった。

その恐い近藤部長がなんのために乗り込んできたのかというとだ、
それは自分の部下を取り返すためにだ。
三ヶ月の期間限定で大道寺さんのチームに貸し出されていた部下を取り返すために。
なぜ大道寺さんのチームに応援が来たかというと、人手不足だからだ。
大道寺さんがアニメを見るために毎日定時に帰ってしまうおかげで、
俺は毎日残業で常に過労気味だった。
その原因を大道寺さんは「リソース不足」と結論付けた。
アニメの時間を少しでも仕事に振り向けてくれるだけでいいんじゃないかという気もしたのだが、
そんな事を言うのは波平の頭頂から髪の毛をむしり取ってくるに等しい暴挙だ。
そうして俺たちのチームにやってきた遠藤さんはとても優秀な人だった。
おかげで俺の残業もすっかりなくなり、さらに余裕までできてしまう程だった。
そうなると西村部長も遠藤さんを手放すのが惜しくなるらしい。
社長に直訴し、適当なプロジェクトをでっち上げ、
正式に大道寺さんのチームに加えようとしていた。
「彼は今の仕事にとてもやりがいを感じており、移動を強く希望しています」
「前の苛酷な部署には戻りたくないと亡命を希望しています」
などという話が、本人の知らないところで進められていた。
しかし、遠藤さんの意志はまったくの正反対で、
このデカルチャーな職場環境に馴染めず、一刻も早い帰還を強く望んでいた。
「一緒にうちの部署に来ないか?」と俺に亡命を勧めてくれるほど馴染めなかったらしい。

そうして、西村部長が近藤部長に正式に返還を拒否したことから今回の騒動に発展したらしい。
会議室には遠藤さんとその部長と課長と係長と主任、
西村部長に社長、そして俺と大道寺さんが集まっていた。
遠藤さんは自分を奪い合う争いが勃発していたということをこの場で初めて知ったらしい。
つまり遠藤さんの自由意志はまったく尊重されていなかったわけだ。
全自動ゴキブリ駆除装置なるものの開発に遠藤さんが必要なのだと執拗に言い張る西村部長。
そんなプロジェクトが存在していたことを俺はたったいま知ったばかりなのに、
発案者は何故か俺の名前になっている。
それを今にも爆発しそうな形相で睨みつけている近藤部長。
俺はこの会議が始まってからずっと目のやり場に困っていた。
バンと机の上に広げられた近藤部長のノート。そして筆箱。
それがどういうわけかありえないほどに可愛いものだった。
取締役にも名を連ねるほど威厳のある近藤部長の持ち物とは到底思えないほどに。
きっと娘の筆箱と取り違えてきたんだろうな…。
それにしても緊迫した会議の場で取り出すことさえためらわれるほど可愛すぎる筆箱が、
堂々と机の上に置かれていた。
場を和ませるための冗談かと一瞬思ったが、あの表情は絶対にそんなことを考えていないはずだ。
きっと突っ込んだら月に代わってお仕置きされるに違いない!そんな筆箱だった。
おれはそれに気づいてからずっと目のやり場に困っている。
マジかよ!?と凝視したくなるのだが、見ていることがバレたら何かやばい気がする…
俺は心の中で激しく葛藤していた。
しかし、そんな重大な事実に気づいてしまったのはどうやら俺だけらしい。
他のみんなは遠藤さんに注目してしまっていた。

「あ〜、素敵な筆箱ですねー」
社長が何かを話そうとしていたときに、間の抜けた声をあげる空気の読めない男がいた。
大道寺さんだ。よりにもよって社長のお言葉を遮ったりするか!?
しかも、議題とはまったく関係のないことだ!
「へぇ〜、セーラームーンですか。好きなんですか?」
空気の読めない大道寺さんは、近藤部長の険悪な表情などお構い無しだ。
けれどもその一言で一瞬近藤部長の表情が緩んだように見えた。本当に、一瞬の事だった。
「でも僕これ嫌いなんですよね〜」
などと抜かしやがったせいで、
せっかく社長がまとめかけていた空気が一瞬にしてぶち壊しになった。
お前の好みなんてどうでもいいんだ、ばかやろー!と
社長も心の中出叫んだに違いない。けれど、如何に社長と言えど口にはできないとみえる。
ぎりぎりと悔しそうに歯軋りをする音が聞こえてきそうだ。
「君が大道寺くんか?」
部屋に入ってきてから一言も口を開かなかった近藤部長が、ついに動いた!
「そうですが、何か文句でも?」
あんた喧嘩売ってるんですか!?もうこれ以上自体をややこしくしないでください!
って言うか黙ってろ!!と心の中で精一杯叫んでみた。
近藤部長は突然立ち上がると懐に手を忍ばせた。
やばい、何かやばいものが出てくる!俺は本能的に危険を察知した。
それは黒光りする小さなデジカメだった。幸いにして鉄砲玉こそ飛び出さなかったものの、
驚くべき写真が再生された。
それは紛れもない5人のセーラー戦士たちの姿だった。
「これは歩行者天国ですね?」
「さすが大道寺くん!」
近藤部長は突然満面の笑みを浮かべた。
それから二人は少し離れたところに椅子を移動させてカメラを見ながら密談を始めちまいやがった。
まぁちょうど良い。空気読めない奴と無駄に場を緊迫させていた奴が二人揃って外れたおかげで、
突然議論が活発になった。

「どうしてですか!?どうしてコミケにいかないんですか!!コスプレといえばコミケですよ!」
「いや、しかし俺には妻も娘もいるから…」
「何言ってるんですか!?女子供はディズニーランドで遊ばせておけばいいんですよ!
お父さん疲れちゃったから休んでるとか言って、抜け出して有明に行けばいいじゃないですか!
夕方に終わってから再入園したら怪しまれませんよ!
そのくらい考えたらわかるじゃないですか!?やる気あるんですか??」
などという叫び声が聞こえたが、俺たちは必死に平静を保って会議を続けた。
しばらくすると空気を読まない人が、会議を遮り紙切れ一枚を持って西村部長に話しかけた。
「遠藤さんは諦めましょう。代わりに来年入社予定のこの人をうちにもらうって事でどうですか?」
大道寺さんは隅で近藤部長とそんな密談をしていたらしい。
西村部長は渡された履歴書を見ながらうなった。
「まぁ新卒なので遠藤さんには到底及びませんが、伸びる子だと思います!」
と大道寺さんが強く推薦するものだから、西村部長はその言葉を信じることにしたらしい。
こうしてこの不毛な会議は唐突に終わりを向かえた。
と言うかみんなもう飽きていて、遠藤さんを帰しちゃえばいいんじゃないの?
という空気になっていたところだった。
それにしても大道寺さん、まんまと近藤部長に丸め込まれたんじゃないだろうか。
こんな役に立たなさそうな奴を押し付けられてさ…
志望動機に「うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」
などと書いていやがる奴だ。
本来、うまく言語化する能力を試しているんじゃないのか、これは??
って言うか、なんでこんな奴に内定出しちまってるんだよぉ!!
    

戻る